PANSでは「考えるスピード」まで変わることがある?―PANS・PANDAS・Sydenham choreaを比較したHuman studyから
PANS患者またはPANSそのものを直接対象とした研究です。
PANS、PANDAS、Sydenham choreaを比較した小規模Human studyでは、神経心理検査を受けたPANS 5例からなる群でProcessing Speed Indexの平均値が他の2群より低く、Digit Span、Coding、Symbol Searchでも群として低いスコアがみられました。「遅い」「ぼーっとしている」と見える子どもの姿を、processing speedや注意、短期記憶などの認知機能という視点から考えます。
問題は読めている。
答えも分かっていそう。
それなのに、鉛筆がなかなか動かない。
呼ばれていることには気づいているのに、返事まで少し時間がかかる。
以前ならすぐ終わっていた宿題に、ずいぶん時間がかかるようになった。
子どもにこうした変化がみられると、周囲からは「ぼーっとしている」「集中していない」「やる気がない」と見えることがあります。
でも、別の見方もできるかもしれません。
情報を受け取り、整理し、答えを出すまでの過程そのものに、負荷がかかっている可能性はないだろうか。
PANSの子どもたちを実際に神経心理学的な検査で調べ、PANDASやSydenham choreaの子どもたちと比較したHuman studyがあります。
今回は、その研究から「processing speed(処理速度)」という視点を見てみます。
PANS・PANDAS・Sydenham choreaを比べた研究
2019年、イタリアの研究グループは、PANS、PANDAS、Sydenham chorea(シデナム舞踏病)の子どもたちを比較しました。
対象となったのは、
- PANS:7例
- PANDAS:12例
- Sydenham chorea:11例
の合計30例です。
神経学的・精神医学的な評価だけでなく、血液検査、画像検査、そして神経心理学的な検査も行われました。
ただし、ここで大切な点があります。
PANS 7例全員が神経心理検査を受けたわけではありません。
実際に神経心理検査のデータが得られたのは、
- PANS:5例
- PANDAS:9例
- Sydenham chorea:10例
でした。
今回紹介するprocessing speedの結果も、PANSについてはこの5例からなる群をもとにしています。
「processing speed」とは何を見ている?
processing speedは、日本語では「処理速度」と訳されます。
ただ、「頭の回転の速さ」とだけ考えると少し違います。
今回用いられたWISCのProcessing Speed Index(PSI)には、
見た情報を受け取り、必要なものを見分け、判断し、手を動かして答えるまで
といった一連の処理の速さが関係します。
つまり、知識があるかどうかだけを見ているわけではありません。
「分かっていることを、限られた時間の中でどれくらいスムーズに処理して反応につなげられるか」という部分も関わります。
このProcessing Speed Indexに、3群の間で興味深い違いがみられました。
PANS群でprocessing speedの低値が観察された
Processing Speed Indexの平均値は、
- PANS:70.4 ± 19.3
- PANDAS:99.9 ± 13.4
- Sydenham chorea:95.78 ± 16.3
でした。
PANS群は、PANDAS群との比較で p=0.008、Sydenham chorea群との比較で p=0.02 と、統計学的に有意に低い値を示しました。
一方、PANDAS群とSydenham chorea群の間には有意差はありませんでした。
つまり、この小規模研究では、神経心理検査を受けたPANS 5例からなる群で、Processing Speed Indexの平均値がPANDAS群・Sydenham chorea群より低く観察されました。
ただし、
「PANSになったためprocessing speedが低下した」
と結論づけることはできません。
この研究では、発症前の同じ子どものWISCデータがないからです。
もともとその子が持っていた認知特性なのか、PANSの発症や経過に伴って変化したものなのかは、この研究だけでは判断できません。
「速さ」だけではなかった
もう一つ興味深いのは、PANS群の特徴がprocessing speedだけに限られていなかったことです。
研究では、
Digit Span
という、数字を聞いて一時的に保持する能力などが関係する課題、
Coding
という、記号と数字の対応を見ながら素早く書き込む課題、
Symbol Search
という、多くの記号の中から目的のものを見つける課題でも、PANS群では群としてPANDAS群やSydenham chorea群より低いスコアがみられました。
つまり、この研究で見えてきたのは、
単に「考えるのが遅い」という一つの問題ではありません。
短期的に情報を保持すること。
注意を向けること。
視覚情報を処理すること。
そして、それを反応へつなげること。
そうした複数の認知処理にまたがる弱さが、PANS群の比較結果として観察されていました。
日常では、どう見えるだろう?
この研究は、
「宿題に時間がかかる」 「返事が遅くなる」 「板書が追いつかない」
といった日常生活での困りごとを直接調べた研究ではありません。
そのため、神経心理検査の結果と日常の行動を、そのまま一対一で結びつけることはできません。
それでも、もしprocessing speedや注意、短期記憶などに負荷がかかっているとしたら、日常ではこんな姿として見える可能性があります。
先生の説明を聞いているけれど、次の行動へ移るまで時間がかかる。
問題文は読めているけれど、答えを書き始めるまで止まってしまう。
黒板を見てノートへ写しているうちに、授業が先へ進んでしまう。
宿題の内容そのものは難しくないのに、以前よりずっと時間がかかる。
質問されたことは分かっているのに、言葉にして返すまで少し間が空く。
こうした姿を見たとき、
「分かっていない」「やる気がない」だけでは説明できない可能性がある。
そんな別の見方を、この研究は与えてくれます。
医療者にとって、この研究が投げかけるもの
PANSの診療では、どうしてもOCD、不安、チック、食事制限、情緒の変化といった、目立つ神経精神症状に注意が向きます。
けれど、この研究を見ると、もう一つ確認したくなることがあります。
その子は、「何を考えているか」だけでなく、「考えたことをどのくらいスムーズに処理して、反応へつなげられているか」。
という視点です。
診察室では、
「質問には答えられる」
「会話は成立している」
「認知面の困りごとが目立たない」
と見えていても、学校では、
- 課題に取りかかるまで時間がかかる
- 書字が追いつかない
- 指示を聞いてから行動へ移るまで時間がかかる
- 複数の情報を一時的に保持しながら進める課題で止まりやすい
といった困りごとが起きていることがあります。
もちろん、今回の研究がこうした日常の困難を直接証明したわけではありません。
それでも、PANSを評価するときに、
精神症状の有無だけでなく、注意・短期記憶・視覚情報処理・processing speedといった認知プロフィールも評価対象になり得る
という視点を示しています。
特に興味深いのは、PANS群でprocessing speedだけが孤立して低かったわけではなく、Digit Span、Coding、Symbol Searchでも、群として低いスコアがみられたことです。
つまり、この小規模研究が示しているのは、
「遅さ」そのものより、複数の認知処理にまたがる負荷
なのかもしれません。
学校での機能低下を「不安が強いから」「集中していないから」だけで説明せず、必要に応じて認知プロフィールまで視野に入れて評価する意味を考えさせる結果です。
小さな研究だからこそ、次に確かめたい
もちろん、この研究だけでPANSの認知プロフィールが決まったわけではありません。
特にPANSの神経心理検査データは5例と非常に少なく、健康な子どもとの比較でもありません。
PANS、PANDAS、Sydenham choreaでは評価された時期もそろっておらず、一部の子どもはすでに治療を受けていました。
また、群間差についてeffect sizeは報告されていません。
一方で、この研究には大切な意味があります。
PANSを、OCD、不安、チック、行動変化といった「目立つ症状」だけから見るのではなく、
子どもが情報をどう受け取り、どう保持し、どう処理し、どう反応へつなげているのか
という認知機能まで、実際に測ろうとしたことです。
小規模な研究だからこそ、ここで見えたものを次にどう確かめるかが重要になります。
この先、何が分かると興味深い?
まず知りたいのは、同じ子どもの中で認知機能がどう動くのかです。
たとえば、PANSのflareと症状が落ち着いた時期の両方で調べたら、processing speedは変化するのでしょうか。
症状が改善したとき、神経心理検査のスコアも一緒に変化するのでしょうか。
そして、検査で測ったprocessing speedや注意、短期記憶の特徴は、学校での「宿題が終わらない」「板書が追いつかない」といった実際の困りごとと、どのくらい結びついているのでしょうか。
より大きなPANSの集団で同じ結果が再現されるかも、これから確かめたい重要な点です。
PANSの子どもを見ているとき、
「どんな症状があるか」だけではなく、
「その子が情報を受け取り、保持し、処理し、反応するまでに何が起きているのか」
まで見る。
保護者や学校にとっては、「遅い」「ぼーっとしている」「やる気がない」と見えていた姿を捉え直す視点になります。
医療者にとっては、精神症状だけでなく、認知機能や学校での実際のパフォーマンスまで評価する意味を考えるきっかけになります。
この小さなHuman studyは、PANSを見る視野を、症状から認知機能へもう一段広げてくれる研究です。
参考文献
Gamucci A, Uccella S, Sciarretta L, et al.
PANDAS and PANS: Clinical, Neuropsychological, and Biological Characterization of a Monocentric Series of Patients and Proposal for a Diagnostic Protocol.
J Child Adolesc Psychopharmacol. 2019;29(4):305–312.
doi:10.1089/cap.2018.0087
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